プレジデントインタビュー Vol.1

ライブレボリューションの経営者向けメールマガジン「プレジデントインタビュー」(計6回)に掲載された鎌田のインタビューです。

金融が健全に機能していかなければならない

【増永】 鎌田社長が現在の鎌倉投信を設立するまでに、どのような経緯をたどってこられたのか教えてください。

島根県大田市出身で、上京し都内の大学へ進学。卒業後の就職先はある日系信託銀行でした。
バブル絶頂期の1988年入社で、入社後いきなり本社証券部門に配属となり経験を積んだのです。
その後は運用部門へ配属され、11年在籍していました。

そしてイギリスの大手金融グループ バークレイズ銀行の子会社にあたるアメリカの資産運用会社―バークレイズ・グローバル・インベスターズ(以下、BGI)に転職し、2008年1月末まで9年ほど在籍していたのです。
その後独立をいたしました。

● 起業前に一度転職されていますが、その経緯はどのようなことがあったのですか。

最初の勤務先である信託銀行にいた頃、某企業の年金資金の受託コンペがありました。
当時、1,000億円ぐらいの資産をめぐってのコンペが、勤めていた信託銀行とその後の転職先であったBGIとの間で繰り広げられたのです。

某企業と信託銀行では、過去からの取引実績も十分にありましたが、一方のBGIは世界的には名は通っているけれど、そもそも日本での実績はまったくありませんでした。
だから普通に考えれば、圧倒的に信託銀行のほうが有利なわけです。

ところが、過去の実績などまったく考えずフェアに客観的に両社を比較していった場合・・・
現場感覚的ではありますが、「これは負けるかもしれない」という予感がしていました。

たとえば、今でこそネット系の証券会社さんが注力されている発注手数料無料というようなサービスがありますが、当時の日本ではまだ手数料の自由化はされていません。

そのあたり、海外の証券市場で取引する等かなり進んでいた外資系のBGIと比較すると、発注手数料の料率が全然異なるんですよ。そういうのを客観的に見ていくと、いくら実績がないとはいえ・・・「これはまずいな」と危機感があったので、私なりにも可能なかぎり動いてはみたのですが、最終的にはコンペに負けてしまいました。

普通に考えれば、負けるはずのない勝負だったんですけどね。
数日間も徹夜で準備して、進めながら「これを落としたらやばい」と何度も感じたプロジェクトでした。

当時、コンペに負けた後に某企業の副社長に言われたひとことで印象に残っていることがあります。
「○○(信託銀行)は過去を語ったけれども、BGIは未来を語った」― この言葉に結果のすべてが詰まっている気がします。

つまり、信託銀行のほうは役員が「今までもお取引がありましたよね。だからひとつ宜しくお願いします」なんですよ。
一方のBGIははじめから失うものはないから、全力で向かってきます。完璧に準備して臨んだ側と「想い」(心)で臨んだ側との致命的な違いが、過去を語るか未来を語るか、だったんですね。

あの一件は会社にとってはもちろん、私自身にとっても非常に衝撃でした。真剣にアセットマネジメントを身につけたいと思ったら、本気でやっている会社に行かなければならない。日本の大きな組織の中の一運用部門では、話にならないと感じました。

このときの経験が大きな転機となり、その後BGIへ転職したのです。

img急速に会社の存在意義が「利益ありき」になっていったのです。

● 外資系に転職したことで、感じたことはございましたか。

何事も円滑に進めることができて、とても楽でした。たとえば意思決定。
現場からお客さまの要望を上司に伝えたりするじゃないですか。
そうすると極端な話、廊下を歩いている間に物事が決まってしまう、そんなスピード感で会社が動いているのです。
だからコミュニケーションの時間がものすごく短い。

なぜそんなことが可能だったのか・・・それは経営者がその事業について造詣が深かったからです。
運用哲学も筋が通っていて、理念もしっかりしていた。さらに外資系の経営者とはいえ、日本語も話せます。
だからお客さまの前でも社員の前でも、自分の言葉で語ることができていたのです。
それだけでも、かなりやりやすい環境だったと思います。とにかく仕事は楽しかったですよ。

● どのような仕事をされていたのですか。

年金運用の仕事を任されていました。当時、私は「お客さまの満足でナンバーワンになる」という目標を掲げていたんです。これを2002年ぐらいに達成することができました。

ただ、個人的な目標を達成することはできても、世界の金融情勢は顕著におかしくなってきていました。簡単にいうと、利益志向がものすごく強くなってきていたのです。
それは金融の世界にとどまらず、さまざまな資本市場で見られたことでした。

超短期的な利益を求めたり、株価を目標においた経営スタンスが見られるようになったり・・・急速に会社の存在意義が「利益ありき」になっていったのです。

こうした時代の流れから、地道にコツコツと資産を増やすようなアセットマネジメントは、収益目標や販売目標に対して非常に高い内容を求められるようになってしまいました。

2003年ぐらいにそういった変化は顕著になり、心のどこかで「もう辞めよう」と思うようになったのです。

● 実際に辞められたのはいつになるのですか。

2008年の1月になります。2005年ごろから何かきっかけがあれば辞めようと思っていたんです。
そんなとき、バークレイズグループの日本法人は3社あったのですが、1社に統合する動きが出て、それを私が中心メンバーの一人となってまとめることになりました。3つの組織を1つにまとめる、この大仕事を最後に辞職したのです。

● 辞めたとき、すでに次のことを考えられていたのですか。

これまでずっと金融業界にいたけど、結局のところ居心地が悪く、辞めた頃には「もう、この世界に戻ることはないな」と思っていたぐらいだったんですよ(笑)。
次はソーシャルビジネス的なことをやりたいと思ったり・・・いろいろと考え、たくさんの人と話していく中で感じたことがありました。

それは、「金融が健全に機能していかなければならない」ということ。

いくらいいことをしても、良質なお金が世の中を循環していかないと、社会はより良く発展していかないと思うんです。
そう思い始めてから、かつての同僚たちに声をかけました。そして集まったのが、鎌倉投信の創業者4人になります。

つづく


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