一隅を照らす

皆様、こんにちは。鎌倉投信の鎌田恭幸です。
いつも鎌倉投信のメルマガを読んでいただきありがとうございます。

先日、面積の95%を山に囲まれた、住民1400人ほどの小さな村を久しぶりに訪れました。この地に根を下ろし、地域資源を価値化する事業に取組む会社を訪問するためです。今から11年前、林業の素人だった数人の若者がこの地に移り住み、原木の流通、製材、加工、販売(直販)を試行錯誤で始め、今では関係する会社を含め100名近い雇用を生んでいると聞き、頭が下がる思いでした。

本業を強くする一方で新たな事業の種を蒔き、外から人を呼び込む方法や他の地域への展開など、5年、10年先を見据えて村の可能性を語る社員の姿から、何よりも人が育っていることに静かな感動を覚えました。

彼らと話をしながら思い起こした言葉があります。

「径寸十枚 これ国宝に非ず 一隅を照す これ則ち国宝なり」

天台宗の開祖 最澄の言葉です。「直径一寸の玉が大事なのではない。社会のどこにあっても、どのような仕事についても、あきらめずコツコツと、『今』『ここ』においてできる限りを尽くし、世の為、人の為に貢献することこそが宝なのだ」という意味だと理解しています。「ここ」に根を下ろし、智慧を絞って持続的な事業につなげている彼らの仕事ぶりは、正に一隅を照らす事業と思えてならなかったのです。

今から約30年前、私が社会人になって間もないころ、心に刻み、以来自分を支えてきた言葉もまたこれと同じでした。当時の天台宗 山田恵諦 座主の著書「一隅を照らす」(大和出版)を読んだとき、金融は如何に在るべきか、仕事にどう向き合うべきか、に苦悩する中に光が差し込んだように感じたものです。

「一隅を照らすとは、心を込めて仕事をすることである。そうすれば天から自分に与えられる仕事が何か、いずれ見える時がやってくる。どんな仕事をするかが重要ではない。いかに仕事をするかが重要なのだ。一隅は、片隅ではない。今、ここ、という意味なのである」
この言葉に出逢い、その後の人生が、そして今があるように思います。

今、鎌倉投信の仕事を通じて多くの人と出会い、(投資をふくめ)お金の使い方、生かし方で社会の在り方も人の生き方も変わる、ことを学んできました。鎌倉投信との縁をきっかけに、投資家同士、投資家と投資先の経営者や社員とが関わり合い、何かをきっかけに多くの人の心に一隅を照らす灯がともれば、これほどうれしいことはありません。

鎌倉投信が、一灯となり、自分のいる場所を照らし、その周囲にいる家族や職場の仲間に点じ、さらには後世に点じ、輪となって拡がる「場」になれたら本望です。私自身は、このことを吾が一隅として仕事に向き合いたいと思います。

(本記事はメールマガジンの再掲です)

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